曹操孟徳
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出現条件
魏の武将2人で無双モードをクリアすると使用可能になるキャラクター。
プロフィール
三国時代の魏(曹魏)の礎を築いた不世出の英雄。字は孟徳。
卓越した軍事戦略、果断な政治改革、そして文学のあらゆる分野で天才的な才能を発揮し、
後漢末期の混乱を圧倒的なスピードと合理性で収拾して中原を制覇しました。
「乱世の奸雄」として畏怖される一方、優れた詩人・文化人としても知られます。
私的に語りたかったエピソードをまとめています。
| 項目 | 概要 |
|---|---|
| 姓名 | 曹 操(そう そう / Cao Cao) |
| 字 | 孟徳(もうとく) |
| 幼名 | 吉利(きつり)、阿瞞(あまん) |
| 生年〜没年 | 155年 〜 220年3月15日(建安25年1月23日) |
| 出身地 | 豫州譙国譙県(現在の中国安徽省亳州市譙城区) |
| 官位・称号 | 丞相、魏王(※死後に子の曹丕より「太祖 武皇帝」と追尊) |
徐州虐殺の代償:飛躍を遅らせ「最高の武力と頭脳」を逃した失策
曹操の生涯で最大の汚点とされるのが、父(曹嵩)の仇討ちを名目に起こした「徐州虐殺(193〜194年)」
十数万人もの民衆を虐殺し、川が死体でせき止められたと伝わるこの凶行は、
道義的な批判だけでなく、曹操自身の天下統一を決定的に遅らせる大失策だったと思います。
足元を失った大反乱:呂布を取り込むどころか最大の敵に
曹操にとって最大の誤算は、徐州での残虐な行いによって、盟友・張邈(ちょうばく)や参謀・陳宮の信頼を完全に失ったことでした。
特に張邈は、曹操が遠征前に「もし私に万一のことがあれば家族を頼む」と言い残すほど深く信頼していた無二の親友でした。
当時、長安を追われて放浪していた呂布は張邈と非常に親しく、別れ際に手を取り合って深い友情を誓い合う間柄でした。
もし暴挙に走らず張邈との絆を保っていれば、親友の仲介によって呂布を客将として迎え入れるルートすらあり得たかもしれない。
しかし、曹操への恐怖と失望から張邈と陳宮はクーデターを決断し、呂布を引き入れて本拠地(兗州)を乗っ取ってしまいました。
味方にできたはずの呂布が「最悪の強敵」と化し、曹操はわずか3城を残して餓死者を出すほどのどん底に転落。
領地を取り戻すまでに丸2年以上もの歳月と兵力を空費することになりました。
外交的に解決していれば「諸葛亮や魯粛」も配下だった?
当時の徐州は、中原の戦乱を逃れて全国から名門一族や知識人が集まる天下最大のセーフティゾーン(人材の宝庫)でした。
もし曹操が虐殺を行わず、外交的に平和裏に徐州を包摂していれば、その後の歴史は全く違っていたと考えられます。
- 諸葛亮(および兄の諸葛瑾)の流出
- 諸葛亮は徐州琅邪郡の出身で、当時13〜14歳。
- 曹操軍の虐殺と略奪から逃れるために一族で南の荊州へと亡命。のちに劉備と出会うことに
- 兄の諸葛瑾も同じく江南へ逃れ、呉の最高幹部となりました。
- 孫呉を支えた大頭脳たちの亡命(魯粛、張昭、張紘)
- 魯粛(徐州臨淮郡)、張昭(彭城)、張紘(広陵)らも、曹操の暴虐を恐れて江南の孫策・孫権のもとへ逃げ込みました。
- 呉の政治・外交・軍事を動かした頭脳の多くは、実は「徐州からの避難民」だったのです
もし外交的に対処すれば賠償で食糧難も解決でき、本拠地を失うこともなく、曹操を恐れて劉備に徐州を譲ることも起きず、
「呂布の武力」も「諸葛亮や魯粛らの知力」も、すべて曹操の元に集まっていた可能性があります。
その場合、赤壁の戦いも三国鼎立すら起きず、曹操による天下統一は早く達成されていたかもしれません。
っていう妄想が捗るね。。
なぜ皇帝にならなかったのか(禅譲をやらなかった理由)
天下の大半を手中に収め、いつでも皇帝になれる絶大な権力を握りながら、曹操は死ぬまで「漢の臣下(魏王)」の身分にとどまり続けました。
即位を強く迫る内外の声に対し、曹操はどのように立ち回ったのでしょうか。
「周の文王になろう」と孫権の罠
219年、荊州の関羽を討ち取った孫権が「天命は魏にあります。どうぞ帝位にお就きください」と
臣従の手紙を送ってきた際、曹操は書状を部下たちに見せて笑いました。
「この小僧(孫権)め、私を炉の火の上に座らせて丸焼けにする気か!」
皇帝を名乗れば天下の逆賊として全方位から集中砲火を浴びることを見抜き、孫権の企み(ヘイトの押し付け)を一瞬で看破したのです。
しかし、これを機に側近(陳群や桓階、夏侯惇ら)も「漢の命数は尽きました。天命に従って即位してください」と本気で押し上げを始めました。
この時、曹操が返したのが歴史的な名言です。
「もし天命がどうしても私にあると言うなら、私は『周の文王』になろう」
※周の文王:天下の3分の2を治める実力を持ちながら、死ぬまで殷の臣下としての礼を貫き、息子の武王に新王朝(周)を開かせた古代の聖人
皇帝即位を一線で踏みとどまった深層理由
曹操が自ら皇帝にならなかった背景には下記が考えられます。
- 実利があれば肩書は不要
- 軍事権、人事権、立法権など、国家のすべての権力はすでに曹操が100%掌握していました
- 皇帝になっても手に入る権力は増えない一方、世論や知識人からの反発リスクだけが跳ね上がるという超合理的観点から
- 天下の覇者としての矜持(プライド)
- 自伝的文書『述志令』の中で「もし私がいなければ、天下で何人の者が勝手に皇帝や王を名乗って国を乱していただろうか」と自負している
- 数々の冷酷な粛清を行ってきた曹操ですが、「天下を平定して漢室を救った英雄」という誇りがあり、
董卓や袁術のような簒奪者と同列に落とされることを嫌った可能性 - 荀彧の死というトラウマ
- 魏公への就任時、長年の最重要参謀であった荀彧が漢室擁護の立場から猛反対し、失意のうちに亡くなりました
(病死とも服毒自殺とも言われる謎の死) - 『魏氏春秋』には曹操から空の器を贈られ、荀彧は自決を悟ったという有名な話がありますが、
密室の出来事の割にやけにディテールが細かいので、創作だと私は思っています - この事件のように帝位を奪えば中原の名門貴族層が反発して政権が瓦解しかねないという強い警戒があったと見られる
息子の曹丕に「最大の箔」を付ける親心
もし曹操が皇帝になっていれば、跡を継いだ曹丕は単なる皇帝を譲り受けた2代目に過ぎず、
弟たち(軍事の曹彰、文学の曹植)との争いで疲弊した曹丕の求心力は心許ないものでした。
曹操は臣下のまま世を去り、漢王朝からの「禅譲」という大役を曹丕自身に演じさせることで、
曹丕を「漢を終わらせ、新たな魏帝国を創始した開国皇帝(文帝)」へと押し上げ、
絶大な権威と箔を持たせるという周到な帝王学の計算もあったかもしれません。
曹操の『遺令』:死の間際に見せた究極の人間味
220年、死期を悟った曹操が病床で遺した遺言書(『遺令』)は、
古代の覇王とは思えないほど生活感と家族への細やかな気配りに満ちたものでした。
最期まで至る所に目が届いた曹操らしいエピソードですね。
- 側室たちへの生活支援と「再婚の自由」
- 「私の死後、側室や侍女たちは銅雀台で暮らすがよい。決して不自由させてはならない」と命じ、
さらに「お香は無駄遣いせず、靴や帯を編んで売るなどして生活の足しにしなさい」と具体的な生計の手段まで指示しました - 極めつけは「実家に帰りたい者や、再婚したい者がいれば、無理に引き止めず自由に再婚させてやりなさい」と言い残したことです
- 主君の死後に妻妾の幽閉や殉死が当たり前だった時代において、驚くべき温情と現実的な配慮でした
- 長男・曹昂への生涯消えなかった罪悪感
- 死の床で「私は一生を振り返って子どもの扱いで道を誤ったとは思っていない。だが、宛城で私の身代わりとなって戦死した長男の曹昂にだけは、あの世で元妻(丁夫人)に『うちの息子をどうしたのですか』と問われたら何と答えればいいのか……それだけが心残りだ」と語りました。
- 冷酷と恐れられた曹操が、最期には長男を死なせてしまったことを生涯悔やみ続けた父親としての顔を見せています
- 曹丕の政権運営を守る「薄葬令」
- 「天下はまだ平定されていない。私の葬儀のために兵士を持ち場から離れさせるな」
- 「埋葬が終わったらすぐに喪服を脱いで職務に戻れ」
- 「墓荒らしに遭わぬよう、金銀財宝を副葬してはならない」
- 自分の葬儀に無駄なリソースを一切使わせず、後を継ぐ曹丕が混乱なく政権運営に移行できるよう、徹底してレールを敷いて世を去りました。
無双モード
曹操は無双モードが10ステージもあります。
| No | ステージ |
|---|---|
| 1 | 黄巾の乱 |
| 2 | 虎牢関の戦い |
| 3 | 宛城の戦い |
| 4 | 官渡の戦い |
| 5 | 赤壁の戦い |
| 6 | 潼関の戦い |
| 7 | 合肥の戦い |
| 8 | 定軍山の戦い |
| 9 | 合肥新城包囲戦 |
| 10 | 五丈原の戦い |
武器
チャージ6に斬属性が付与される倚天の奸剣がおすすめ。
リマスター版では斬属性を付与できれば青釭の奸剣が最強です。
| 名前 | 性能 | 入手方法 |
|---|---|---|
| 基本攻撃力+18 連続攻撃数4 |
宝箱 | |
| 基本攻撃力+33 連続攻撃数5 |
宝箱 | |
| 基本攻撃力+45 連続攻撃数6 |
宝箱 | |
| 基本攻撃力+45 連続攻撃数6 攻撃力+24 弓攻撃力+52 騎乗攻撃力+48 攻撃範囲+24 チャージ6斬属性 |
黄巾の乱(討伐軍) 難易度「難しい」 敵進入拠点が全て残った状態で 張宝と張梁を撃破すると 北西に輸送隊出現。 張角から南周辺で撤退。 位置的に張宝→張梁の順に倒すと良い |
|
| 基本攻撃力+45 連続攻撃数6 体力ゲージ+86 防御力+51 弓防御力+58 攻撃範囲+24 無双鎧 |
定軍山の戦い(魏軍) 難易度「最強」 一定時間以内に黄忠撃破で木箱出現 |
無双乱舞
回転しながら斬りつけ、最後に大きく切り払う。
新・無双乱舞は最後の攻撃が4連撃になる。
おすすめコンボ
剣なので攻撃速度や攻撃範囲は標準的。
最初はチャージ4のコンボを使っていきましょう。
攻撃回数が増えていったら、通常攻撃のコンボかフィニッシュ手前で止めるなどしましょう。
倚天の奸剣が手に入ったらチャージ6の斬属性を当てまくって雑兵を倒しましょう。
高難易度でも雑兵は一撃で倒せるので無双ゲージも溜まりやすい。
